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Osamu Miyazaki Blog
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日常のBLOGの中に時折混ぜ込みながら、レース人生をこれから連載していこうと思う。
今日はその第1弾!!! いつ掲載するかは・・・ (謎)

第一話 「「1983 出会い」」 
1983年にバイクの免許を取って、当時750ccキラーと言われていたYAMAHAのRZを購入。
17歳の僕は公道と峠ばかりを走っていた。

その時は、僕自身サーキットにもレースにも興味があった訳じゃなく始まりは、先輩に「お前も走ってみろー」と半分無理矢理サーキットに連れて行かれた感じだった。
当然のようにヘルメット以外の装備品は何も持ってなくて全て先輩からの借り物。
身長183㎝もある先輩のレーシングスーツはそうとうダボダボで、僕はそのレーシングスーツに身を包み、免許を取得してから3ヶ月後にサーキットランを初体験する。

当時は今の様なレーシングスクールやセッティングデータなんて親切なものはない。 
何も解らず走ってた。とにかくスピードのみでスロットルを開け走った感覚のみ。
コースインして直ぐ、スピードはともかく公道との車体の動きの違いに大きな違和感を感じた。 そしてサーキットランは、まるで自分が異次元の世界にいるようだった。 
公道との違い、あまりの車体の違和感に「何か変だぞ、こりゃ転ぶかも・・」と感じた直感は的中し、案の定転倒して「あッ!」と言う間に数周で初めてのサーキットランは終了した・・・。

1983年と言えば、世界グランプリ500ccでケニー・ロバーツとフレディー・スペンサーがシーズンを通してすごいバトルを展開。この2人が全12戦中6勝づつを挙げ、僅か2ポイント差でスペンサーがチャンピオンを獲得した世界グランプリでも稀に見る面白いシーズンだったのを思い出す。 そして日本のバイクレースはまだこの頃全盛期を迎える前だった。

僕は初のサーキット走行から何故かその1ヵ月半後のレースにエントリー(されていた。)
数度の練習走行に通ううちに、自分が他のバイクを抜いていく爽快感や,ライディングを試行錯誤することでタイムアップできる充実感に夢中になって、初レースの1週間前には「誰にも負けねぇ」気になっていた。

すっかり調子に乗っていたそのレース1週間前の練習走行中に大転倒。
転倒後は病院のベッドで目覚めるまで記憶はない。
これが後にも先にも僕がバイクレースをしていて記憶がないまま搬送された唯一の転倒となった。

病院で気が付いた時にも、どれだけ時間が経っていたのか分からない・・・
目覚めた時には、転送先の盲腸の手術で有名な病院のベッドの上で頭蓋骨にヒビが入っていると言う説明を聞かされる。
まだ小僧だった僕は、ベッドの上でジッとしていられる訳も無く・・・・・・
目覚めたその日の夜だったか早朝に、病院をムリヤリ退院。 いや抜け出して家に帰った。
病院に居るはずの僕に、両親は「病院に戻れ!」 「レースには出るな!!」と当然の非難の雨霰だった。 母親は鬼の様な形相で。
でも親の言うこと聞く訳がない。 でも別にレーサーになろうなんても思ってなかった。レースに勝つ。 ただそれだけ。 闘争心からだけだった。 

頭蓋骨にひびが入ったまま1週間後のレースに挑む。
ろくな知識も実力も無い素人が、負けることなんか全く思いもしないで病院から抜け出し挑んだ初レースは、予選3~4位からのスタート。ほんの少し出遅れた感はあったけどレース序盤に3番手に上がった。
「イケる!!」 直ぐに奴等に追いついて抜き去ってしまえると自信に満ち溢れていたが、そんな己の技量も分からない根拠の無い自信は数周後には無残に崩れ去ってしまう。

どれだけ攻めまくっても前との差は全然縮まらず、そのまま3位でゴール。
素人の表彰台獲得と言う結果にみんな喜んでくれていたけど、自分は嬉しいどころか「なんで負けてしまったんじゃーッ!!」と悔しくてしかたなかったことを憶えている。
今振り返ると、どこからあの自信過剰が生まれてきていたのか全く理解不能・・・
たまたまの巡り合わせだったけど、自分の性格にスッポリハマったものを見つけた。

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もう後3日で今年も終わりますね。
ふと、今シーズンを振りかえってみた・・・。

DOG FIGHT RACING室井監督の情熱を感じて、このチームでレースをする事を決め、シーズンの体制を決めたのは今年2月に入ってからだった。

本格的に全日本選手権に参戦するのは初年度のチームだったから、「どんなもんかな~?」とは思っていたけど、今年1年間を活動してチームは少しずつ力を付けてきたんじゃないかと感じる。

自分のレースリザルトは満足のいくものではなかったけど、ネガティヴな要素を抱えていながらも、与えられた状況の中で、確実に走りきれたとは思ってる。

ただ、悔やまれることは1つ・・・。岡山国際での合同テストで怪我をして、レースを走れなかったこと。
1989年に国際A級になって以来20年近く全日本選手権では、これまで欠場したレースはなかった・・・

来シーズンの事はまだ決めてないけど
ファンやスポンサーに良いレースを見せる事ができるようにだけはしたいね

明日は、DOG FIGHT RACINGの忘年会に行ってきます
僕の知らない人も集まる様なので、こんな機会も中々無いから楽しんでこようと思います。
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Osamu Miyazaki
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男性
自己紹介:
全日本ロードレースで活躍し、3シーズンに渡って世界最高峰の舞台を走った経験を持つ。2002年の世界選手権日本GPで優勝を果たし、世界でも屈指の実力を持つことを証明した、プロライダーの中のプロ。
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